アテネ
アテネは、ギリシャ共和国の首都。古名はアテナイといい、古代ギリシア時代に強力な都市国家として栄えたことで広く知られる。英名Athens。中国語表記では「雅典」。(日本語の漢字表記も同じ。)
ギリシャの首都であり、同国の政治・経済の中心地である。南ヨーロッパ有数のグローバル都市でもある。また、ギリシャ正教会の首長であるアテネ大主教が座すため、精神的な中心地でもある(ギリシャ正教会は正教会に属し、クレタ島を除くギリシャ一国を管轄する。)。正教会の定めるアテネの守護聖人は、ディオニシオス・オ・アレオパギティス、イェロテオス、フィロテア。
1985年の欧州文化首都に選ばれていた。
歴史
アテネは古名をアテナイという。古くから栄えた商業都市であり、古代ギリシア時代には都市国家(ポリス)を形成した。紀元前6世紀頃のアテナイは、民主政の下で発展、アッティカ地方全域を支配し、スパルタと並ぶ強国であった。ペルシア戦争では、ギリシアの都市国家連合の雄としてペルシア帝国軍の撃退に大きく貢献し、戦後結成されたデロス同盟の盟主となって、古代ギリシアの中心都市として学芸と文化の都として栄えた。しかし、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れて以降、国力は次第に衰退し、紀元前4世紀にマケドニア王国に屈服して政治的な独立を失った。
その後、古代ローマの属領となり、ギリシア世界の学芸の都として栄えたが、ローマ帝国以降は政治的な重要性は失われた。東ローマ帝国時代初期までは学芸の中心としての座を維持したが、6世紀後半以降のスラヴ人やアヴァールの侵略によって打撃を受け、学芸の中心としての地位も失った。1040年には東ローマ帝国に反乱を起こして鎮圧され、1147年にはルッジェーロ2世が差し向けたシチリア軍の略奪で大きな被害を受けている。そんなこともあり、アテネは東ローマ帝国、オスマン帝国の時代を通じて、寒村といってよい状態であった。
18世紀後半に入ると、ヨーロッパでのロマン主義の盛り上がりに伴って、古代ギリシア文明の中心地として注目を浴びるようになった。これに刺激されておこったギリシャ人のナショナリズムでは、精神的な中心地として地位を高めた。1830年にオスマン帝国から独立したギリシャ王国は、ギリシャ・ナショナリズムの古代ギリシャ復興の風潮に合わせて、1834年にアテネを首都に定めた。以後、アテネはギリシャ国家の中心として次第に発展していった。
ギリシャ王国の初代国王オソン1世が連れてきたドイツ出身の官僚たちは、西欧風の都市計画を導入し、アテネは近代国家ギリシャの首都に相応しい都市として建設されていった。現在の町並みは、この時代に建設された市街や建築物が原型となっている。また、古代遺跡の保護活動も進められ、アクロポリスの丘が町のシンボルとして整備された。
第二次世界大戦ではナチス・ドイツに占領された。戦後は急速に復興し、ギリシャの経済成長の中心として人口が爆発的に増加、大都市となった。
年表
- 紀元前8世紀頃 - エーゲ文明消滅後、古代ギリシア人の一派イオニア人が定住し、ポリス(都市国家)が形成される。
- 紀元前7世紀頃 - 民主政が成立。
- 紀元前561年 - ペイシストラトスが僭主となる。
- 紀元前510年 - ペイシストラトスの子、僭主ヒッピアスが追放される。
- 紀元前490年 - マラトンの戦いでアテナイを主力とするギリシア重装歩兵軍団がペルシア軍を破る。
- 紀元前480年 - サラミスの海戦でテミストクレス将軍の指揮によりペルシア海軍撃破。
- 紀元前479年 - プラタイアの戦いでアケメネス朝ペルシアの勢力を完全に撃退。
- 紀元前477年 - ペルシア再侵攻に備えデロス同盟結成。
- 紀元前461年 - 指導者ペリクレス将軍の下で古代都市としての全盛期を迎える。
- この頃アテネがデロス同盟の資金を流用。
- 紀元前431年 - ペロポネソス戦争が勃発。スパルタに破れる。
- この時期からアテネは衆愚政治に陥る。
- 紀元前338年 - カイロネイアの戦いでマケドニア王国に敗れ、独立を失う。コリントス同盟(ヘラス連盟)成立。アテネ加盟
- 紀元前168年 - ローマ軍がギリシャに侵入し、ローマ支配が始まる。
- 紀元後から文化都市としても衰退を始める。
- ローマ人がギリシア化。
- 395年 - ローマ帝国分裂、東ローマ帝国領になる。
- 1456年 - 東ローマ帝国の残存勢力が滅ぼされ、オスマン帝国領となる。
- 1830年 - ギリシャ王国の独立が承認される。
- 1834年 - ギリシャ王国の首都に定められる。
- 1896年 - 第1回夏季オリンピックが開かれる。
- 2004年 - 第28回夏季オリンピック競技大会開催。
地理
アテネはギリシャ中南部にある同国の首都で最大の都市。サロニコス湾に面するアッティカ平野にあり、パルネス山、ペンテリコン山、ヒュメットス山、アイガレオス山といった山々にかこまれ、西にキフィソス川、東にイリソス川がながれる。南西約8kmに外港ピレウスがあり、他の周辺地域とともに大アテネを形成している。市域の中心にアクロポリスの丘、北東部にリュカベットス山がそびえ、パルテノン神殿跡、聖イヨルイヨス礼拝堂などがある。 全体にわたって山地が多くそのため信仰の場となっている事が多い。
観光
アテネの最も有名な観光名所は、アクロポリスとそこに建設されたパルテノン神殿である。パルテノン神殿は、デロス同盟の流用資金で建造されたものとしても知られる。神殿の豪華な装飾品等は、18,19世紀にほぼイギリスにより回収運搬され、現在そのほとんどが大英博物館に保管されている。
アテネ国立考古学博物館 は、ギリシア中の様々な古代遺跡から集められた最重要な遺物の数々を収蔵している。2009年にはアクロポリスやその周辺の出土品を展示するアクロポリス博物館の新しい建物が完成し開館している。